教師は自分が学んだことを学生に「話す」,つまり自分の知識を効率的かつ正確に学生に「伝えられる」と考えがちです.しかし,既成の知識を学生に「伝える」ことなどできない,ということは明らかである.むしろ,学生は積極的に関連付けながら学び,学んだ内容に意味を見い出さなければなりません(協働学習の技法 P9)
誤解している教員の何と多いことか.特に経験の浅い教員に多く見られる.何でも「教えよう」とする.一種のパターナリスムだ.
学習とは関連づけである・・・心的な関連づけは,今まで分離していた二つの概念が関連していることに気づく「アハー体験 ah experience」や,学問の抽象的な概念と日常の具体的な経験とが関連していることに気づいたときの満足として表れます.・・・重要なことは,自分自身にとっての学びを深めるためには,学習者は積極的に関連づけをしなければならない,ということです.(協働学習の技法 P9)
教科書に書いてある抽象的な概念をたとえ話もつけず説明しただけでは無意味だ,ということである.重要なことは日常の経験とリンクさせること.教師がすべきことはそれだけだ.自分の知識をひけらかすことでもなければ,無味乾燥な専門用語を押し売りすることでもない.
学生がなにを学ぶかは,これまで考えられていた以上に,学生が既になにを学んでいるかに依存します.あることを学ぶとき,ある程度,その背景を知っている方が,全く新しいものや見慣れないものを学ぶよりも簡単に学ぶことができます.
ということはカリキュラムを構成するとき無駄を省くために同じ内容は1か所(一つの講義)でしか教えないというのは愚の骨頂ということだ.
活用せず,確かめず,ほかのものと関連づけないで,単に覚えたアイディア,つまり活性化していないアイディアには気をつけなさい.
学生はよく,新しくならった専門用語を覚えるのが大変だ,ということがある.彼らは教育の「銀行モデル」に毒されている.これまでの教育がただひたすら暗記することだけに重きを置いていた弊害だ.覚えるのではなく関連づけなさい.あなたがすでに持っている知識と関連づけなさい.たとえば・・・・といった励ましが必要だ.
ある人は,優秀な学生が劣った学生と相互作用するのは,既に知っている内容を説明するので,優秀な学生にとっては時間の浪費でしかない,と主張するかもしれません.しかしながら多くの事実から,仲間に伝えることは,自分の考えを他者に伝えるために,自分の考えをまとめ直したり,説明することが必要となり,その中で多くのことを学んでいることが示されています.
これはラーニングピラミッドでも説明されていることだが,多くの優秀な学生にはなかなか受け入れがたいことのようだ.しかし,いったんこの事実を理解すると,彼はきっとこのやり方の虜になるだろう.問題はどうやってそこまで持っていくかだ.
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